大阪堺筋、高麗橋の店でお土産に買う。
奈良県大和郡山市の菊屋とも関係が深い。
高麗橋の菊屋は、「個包装しています」とのこと。
上品な包み紙。「うぐいすもち」と書いてあります。
大阪高麗橋 菊屋
天正十三年(1585)、奈良 大和郡山の城下町で、大納言豊臣秀長公の御用菓子司として店祖 菊屋治兵衛が和菓子の製造、販売を始めたのが「菊屋」の起こりである。
以来、茶道と共に発達し、日本文化に根づいた和菓子の伝統は、今日まで老舗の味として受け継がれています。昭和になって、大阪高麗橋 菊屋は店祖より二十四代の時に、太閣ゆかりの地、大阪に店舗を構え、大阪高麗橋 菊屋として大和郡山 菊屋(現二十五代)より独立別家し、現在、三代目の店主が暖簾を守っています。
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奈良県大和郡山市にある菊屋のホームページより、お城の口餅の解説
天正年間(1580年代)に豊臣秀長公が兄の豊臣秀吉公をもてなすお茶会に弊店祖菊屋治兵衛(きくやじへい)に「何か珍菓を作れ」とお命じになり、粒餡を餅で包み、黄な粉をまぶした餅菓子を献上いたしましたところ、秀吉公は大変お気に召され「鶯餅」と命名されました。一説には全国にございます鶯餅の原型とも言われております。
高麗橋の菊屋で、うぐいす餅も買ってみました。 ↓